Tシャツの風合いに影響を与える要素である「素材」、「形状(カッティング)」、「縫製」、「プリントデザイン」の中から、今回は「縫製」について取り上げてみたいと思います。

無地Tシャツは、その構造がシンプルな故に細部にまで拘りをもって作っているブランドがあります。
パッと見は大量生産品のリーズナブルなTシャツと比べても違いがわからないかもしれません。
しかし、その風合いや着心地、耐久性といったすぐには判別できない部分で確かな違いとなって表れてきます。
そこには、一つ一つの工程を手を抜かずにTシャツに真摯に向き合うブランドの精神が表れているといっても過言ではありません。
私達もそんなブランドに少しでも近づきたいと思い、「Bitter Cats 吊り編みポケットTシャツ(BCTS-S001)」を作りました。
Tシャツの製作工程において、「縫製」は、Tシャツの風合いや着心地、耐久性に大きく影響する重要な要素です。
Tシャツは、いくつも存在する縫製手法(「JIS L 0120」規格では88種類が6種類に分類され規定されている)の中から、それぞれの縫製場所にもっとも適していると思われる方法で縫製されていきます。
今回はその縫製手法について考えてみます。
縫製箇所
前回の「Tシャツの形状(カッティング)について考える」で触れましたが、シンプルな無地Tシャツを縫製前のパーツに分解すると大きく「衿」、「袖」、「身頃」の3つに分かれます。
このパーツをつなぎ合わせるために数ある縫製手法の中から最適と思われる手法を選択し、縫製していきます。
最適な縫製手法を選択するにあたり、まずそれぞれの縫製手法の特性を知るところから始めてみたいと思います。
JIS規格にて分類分けされたそれぞれの代表的な縫製手法を見てみましょう。
縫製手法
JIS L 0120「ステッチ形式の分類と表示記号」では、縫い目を100番単位で6種にクラス分けし3桁の数字による表示記号で規定されています。
また、縫い目から「本縫い」、「環縫い」、「手縫い」の系列に分類することができます。(出典:縫い目の種類と縫製|(繊維工学)Vol50,No.6(1997))
クラス | ステッチ形式 | 系列(参考) ※JISには記載されていない |
100 | 単環縫い | 環縫い系縫い目 |
200 | 手縫い | 手縫い系縫い目 |
300 | 本縫い | 本縫い系縫い目 |
400 | 二重環縫い | 環縫い系縫い目 |
500 | 縁かがり縫い | 環縫い系縫い目 |
600 | 扁平縫い | 環縫い系縫い目 |
ここで分類されている3系列6ステッチ形式について触れたいと思います。
本縫い
家庭用ミシンでおなじみの最も広く一般的に用意られている縫い目です。

縫い目の表裏が同じであること、縫い目の構成が縫い目ごとに独立しているために、ほどけ難くく返し縫いが容易ですが、伸縮性には乏しいという特徴を持っています。
そのため、伸縮性が少ない布帛などの縫製に使われています。
単環縫い
生地の表面の縫い目は本縫いと同じように見えますが、裏面は針糸のループが互いに連続して鎖目となって続いています。

このため伸縮性に富み丈夫ですが、ほどき易いために、しつけ縫い、袋の口縫い、あるいはラベル付け等に使用されています。
二重環縫い
上の斜糸と下は糸の通るルーパーがあり、このルーパー糸とが互いに交錯して縫い目が作られます。

下糸が二重に上糸と交錯しているために、糸が切れた場合でも縫い終わりの方向から逆の方向にほどかない限りほどけ難く、縫い目の強度にも優れ、また伸縮性にも富むため、広範囲に渡り使用されています。
縁かがり縫い(オーバーロック)
1枚の布地の縁の始末や、飾り縫いの目的としても使用され、用途範囲が非常に多いです。


ビンテージTシャツなどの袖や裾部分の縫製に使われる「天地引き(天地縫いまたは裾引きとも呼ばれる)」も、縁かがり縫い(オーバーロック)に分類されます。
縁をかがるのが主目的であるために縫い糸の使用される量も、本縫いや二重環縫いと比べると非常に多くなりますが、伸縮性に富む縫い目が得られます。
扁平縫い
伸縮性に富み強度に優れた確実な縫い目を作るのに広く用いられています。
バインダー衿の縫製や袖、裾の巻き縫いに使われる「2本針平縫い(平2本針、扁平2本針とも呼ばれる)」や脇部分の縫製に使われる「フラットシーマ(4本針とも呼ばれる)」、「フラットロック(4本針とも呼ばれる)」等も扁平縫いに分類されます。

下着や水着、スポーツウエアなどの体に密着する衣類用に広く用いられていますが、Tシャツの縫い目としても、近年非常に注目されています。
手縫い
一本針一本糸で縫う手法で、その名の通り、手縫いの縫い目になります。
主に和服などに用いられています。
Tシャツの各部に最適な縫製方法は?
これまでTシャツの縫製箇所といろいろな縫製の特性を見てきました。
それでは実際にTシャツの各パーツはどの手法で縫うのが最適なのでしょうか。
結論から先に述べると、現時点で私達が考える最適解は以下の通りです。
選択の理由をこれから見ていきたいと思います。
衿
Bitter Cats吊り編みポケットTシャツ(BCTS-S001)では、設計の早い段階からバインダー衿の採用を決定していました。
Tシャツの中で一番早くに伸びてしまう箇所である衿はできるだけ伸びに強い素材や形式を採用したいと考えていたからです。
また、その形状は、Tシャツの風合いに大きな影響を与える部分でもあったため、見た目も重要視した結果、大きく悩むことなくたどり着いた答えです。
バインダー衿の縫製は、1本針か2本針の選択肢がありましたが、強度という面からこちらも迷うことなく2本針(2本針平縫いや平2本針縫製、扁平2本針縫製とも呼ばれる)を採用しました。

袖、裾
現在流通している多くのTシャツは、「2本針平縫い」で縫われたものが多くなっています。
2本針平縫いは、表面に2本のラインがはっきりと出るため、そのデザイン性の高さが特徴ですが、2本のラインがあることである程度の強度もあります。
「天地引き」は、表面にぽつぽつとした点状の縫い目が表れるだけなのでほとんど目立たず、またその見た目から強度が弱そうに見えますが、縫い目方向の強度は「2本針平縫い」よりも強いと言われています。
「天地引き」の難点は、その縫製に熟練を要するため、信頼できる技術を持った職人を抱える縫製工場に依頼する必要があることですが、私達が依頼している縫製工場には、この「天地引き」を扱える職人がいたため、「天地引き」を採用することにしました。

袖、身頃の結合部
2枚の生地を結合する部分の縫い目は、「2本針4本糸オーバーロック」と「フラットシーマ」で非常に悩みました。
「フラットシーマ」は、その名の通り縫い目がフラットになるため、肌に触れたときに出っ張りがなくゴロつかない特徴があるため、肌にぴったりと張り付くような下着や水着、スポーツ用下着などに使用されることが多い縫製です。
Tシャツでも拘ったものは、稀にこの縫い目を使用しているものもありますが、とても非効率な縫い目であることから脇下部分にだけ施されていることがほとんどで、袖部まで含めすべて「フラットシーマ」で仕上げているものはほとんどありません。(他の部分は、2本針4本糸オーバーロックや、1本針3本糸オーバーロックで縫製されていることが多い。)
また、「フラットシーマ」が表側に頑丈な見た目の縫い目がしっかりでるのに対して、「2本針4本糸オーバーロック」は表麺に縫い目が見えないという特性もあります。
Bitter Cats 吊り編みポケットTシャツ(BCTS-S001)は、適度な緩さをもったパターン(形状)のため、脇に縫製部のゴロつきを感じることはない(少ない)こと、またできるだけシンプルにしたいという思いから「2本針4本糸オーバーロック」に傾いておりましたが、「フラットシーマ」や、その縫製に使われるミシン「Union Special」という響きに魅かれていたことも事実です。
最終的には、ビンテージTシャツの縫製に長く携わってきている縫製工場にアドバイスを頂き、実を取り「2本針4本糸オーバーロック」を採用しました。

細かな縫製の拘り
これまでTシャツの各パーツを縫製するという観点で見てきましたが、縫製技術が高いからこそできる縫製を少しご紹介します。
脇下
身頃と袖を結合する際の縫製の順番について考えたいと思います。
Tシャツは、縫製前は2次元の平面ですが、人は3次元の立体ですので、なにも考えずに縫製すると着心地は悪くなります。
そこで、どれだけ2次元の平面パーツを3次元の人が着たときに着心地が良いか、動きやすいかということを考慮して縫製をしていくことが重要になってきます。
例えば、袖付けの部分を考えると、前身頃、後身頃を縫製した後(立体になった状態)のAH(アームホール)に対して、やはり縫製済みの輪になった状態の袖を付けるのが理想的ですが、立体的な生地同士を縫製するのは高い技術が必要になってきます。
海外製の製品の中には、前身頃、後身頃を縫製する前(平面の状態)に、袖も平面のままで縫製している商品も存在します。
この縫製は、高い技術が必要なく、また最後に脇から袖にかけて一気に縫製することができるので作業効率も良いのですが、平面で縫製されているため袖周りの着心地はイマイチです。(海外製の商品はダボダボに作られているものが多いので、そこまで気にする必要はないかもしれませんが。。。)
これらの違いは、脇下の十字になっている縫製部分を見ると判別できます。


裏面の写真で身頃側から袖側に縦に伸びている縫い目に注目すると、身頃を縫製した後(立体的になった身頃)に袖部を縫製した場合は、縦に伸びている縫い目は、十字の部分でつながっていません(上)が、身頃と袖を平面の状態で縫合し、最後に一気に縫い上げた場合は、袖部の十字の部分でも分断されずにつながっています。(下)
袖口
袖口のかがり縫いの部分も平面の状態でかがっているものか、立体になってからかがったのかはその縫製部を見ると判別可能です。

袖口のかがりを最後に施しているため、袖下の縫製部分も含めてかがめられていることがわかります。
これにより、袖下の縫製部分(2本針4本糸オーバーロック)の出っ張りが袖口のかがりによりカバーされていることが分かると思います。

こちらは、平面の状態で袖口のかがりをした後に、袖下の縫製をしているため、袖下の縫製(2本針4本糸オーバーロック)の縫い目の突起を軽減するために、あとから袖口部分のみつぶす縫製をしていることがわかります。
ほつれ止め処理
環縫いに属する「天地引き」は、ほつれやすいという特性があるため、確実なほつれ止め処理が求められます。

ループの縫い始めと縫い終わりを見ると、3cm程重ね縫いをすることできっちりほつれ止め処理がされていることが分かります。
Tシャツの縫製
これまでTシャツの縫製に関して、縫製する場所や、縫製の種類およびその特性を理解し、作りたいTシャツに最も合った縫製手法を決定し、かつその縫製を行うことが出来た時(その縫製をできるミシンや職人に出会えた時)は、まるでパズルのパーツがぴったりと当てはまったときのような喜びを感じます。
また、そういった特殊な縫製を行える職人を育ててきている縫製工場だからこそ、目立たない部分でも当たり前の仕事を当たり前にきっちりこなす職人の文化が息づいているのだと感じます。
職人の方は、人に伝えることが苦手な方たちが多いので、代わりに私達が商品の魅力としてそういった職人仕事についても合わせてお伝えしていけたらと考えています。
Bitter Cats 吊り編みポケットTシャツ(BCTS-S001)は、こういった職人達によりしっかりと作られています。