Tシャツの脇部分がよじれてくる現象を「斜行」と言いますが、お手持ちのTシャツの中にも何枚か斜行しているものがあるのではないでしょうか。
この「斜行」は、100%コットンの単糸を使用して編まれた天竺生地では多かれ少なかれ発生すると言われています。
今日は、このTシャツのねじれ、「斜行」について整理してみたいと思います。

「斜行」の要因
「斜行」が発生するメカニズムは、「撚糸の元に戻ろうとする力」と「丸編み機によるらせん状に編まれた生地のゆがみ」の2つにあると言われています。
①撚糸の元に戻ろうとする力
もともと100%コットン糸は、原料となる綿の短い繊維を何本も撚り合わせてつなげていくことで糸にします。
この撚り合わせる向きによって、右巻きを「S撚り」、左巻きを「Z撚り」と呼びます。

糸は水を吸うことでこの撚りが元に戻ろうとする力が発生します。
この力が生地のゆがみ(斜行)の要因となります。
②丸編み機によるらせん状に編まれた生地のゆがみ
Tシャツには天竺生地が一般的に使用されますが、天竺生地は丸編み(筒状に生地を編む)で編まれることがほとんどです。
この筒状のまま開かずに使用するTシャツを「丸胴」と呼び、他方で生地を一度開き(カットし)、型紙に沿って生地をカットし他の後に、脇部を縫製し直したものを「横割り」と呼びます。
「丸胴」と「横割り」に関しては、奥が深いので別の機会に記載してみようと思いますが、今回は名前だけのご紹介です。
さて、このように筒状に生地は、らせん状に編んでいくことで作られます。
らせん状に編んでいくため、生地を開くと平行四辺形の形になります。

この平行四辺形になった生地を矯正して編地をまっすぐにして後で、Tシャツなどに利用します。
しかし、この矯正も、水洗いすると次第にもとに戻っていきます。
この力も、生地のゆがみ(斜行)の要因となります。
このゆがみは、糸にストレスが掛かればかかるほど戻ろうとする力が強くでますので、旧式の吊り編み機に比べると、現在主流のシンカー編み機で編まれた生地のほうが「斜行」が出やすい傾向にあります。
斜行の発生を抑える技術
「斜行」が発生するメカニズムを見ると、斜行を完全になくすことは難しいと考えるのがよさそうです。
しかし、正反対のベクトルを持つS撚りとZ撚りを掛け合わせて使うことで「戻ろうとする力」を相殺したり、糸にストレスをかけないようにして編むことで、「斜行」をある程度抑えることは可能です。
そこで、「斜行」を抑制する方法を見ていきたいと思います。
撚糸の元に戻ろうとする力の抑制
撚られた糸が元に戻ろうとする力のベクトルが反対方向に発生する糸(S撚り、Z撚り)を組み合わせることで、元に戻ろうとする力を相殺することで生地の「ねじれ」を軽減する方法があります。
SZ双糸
SZ双糸とは、名前の通り、S撚り単糸とZ撚り単糸を撚り合わせて作られた双糸のことを言います。
双糸は、ベースとなる単糸(下撚り)2本を撚り合わせる(上撚り)ことで作られます。
S撚りとZ撚りの組み合わせとしては、以下の6パターン(※参照)が存在する。
パターン | 下撚り | 上撚り | |
1 | S | S | S |
2 | S | Z | S |
3 | Z | S | S |
4 | Z | Z | S |
5 | S | S | Z |
6 | S | Z | Z |
7 | Z | S | Z |
8 | Z | Z | Z |
※下撚りは、順序は関係しない組み合わせのため、パターン2、3およびパターン6,7は同一になり、結果、全部で6パターンとなる。
Tシャツに使われる糸は、Z撚り単糸であることが多く、さらにこの組み合わせの中で、「撚りが元に戻ろうとする力」を相殺できると推測されるパターンは、「パターン2:S撚り単糸とZ撚り単糸をS撚り」、「パターン4:Z撚り単糸とZ撚り単糸をS撚り」、「パターン5:S撚り単糸とS撚り単糸をZ撚り」、「パターン6:S撚り単糸とZ撚り単糸をZ撚り」の4パターンです。
但し、今日流通している双糸は、「パターン4:Z撚り単糸とZ撚り単糸をS撚り(このように下撚りと違う上撚りをすることを順撚りといいます)」が多いようです。
このように元に戻ろうとする力が正反対のベクトルを持つ撚りを組み合わせることで、「撚りが元に戻ろうとする力」がある程度相殺されるため、「斜行」が発生しにくい生地を作ることができます。
SZ天竺
生地を編む際に給糸口にセットする糸をS撚りとZ撚りを交互に入れることで、「ねじれ」の力を相殺します。
この場合、生地の網目がジグザグに見えるため、編地の目ずらが美しくないというデメリットがあります。
丸編み機によるらせん状に編まれた生地のゆがみの抑制
「吊り編み天竺を採用した理由」でも記載したように、吊り編み機は糸にテンションをかけずにゆっくりと生地を編み上げていきます。

編み上げられた生地も巻き取らずに自重で自然に積み重なっていくため、生地にも余計なテンションはかかりません。
一方で、現在主流のシンカー編み機は、生産性を上げるため、糸を引っ張りながら生地を編み、編みあがった生地を強制的に巻き取ります。

吊り編み機の糸や生地へのストレスの少なさが、「斜行」の発生を抑える(少なくする)ことに大きく貢献しています。
斜行も味
Tシャツをつくる際に「きっちり作ろう」と考えるのは、真面目なブランドとしてはある意味自然な考えだと思います。
しかし、この「きっちり作る」ということをどのように捉えるかで、各ブランドの考え方が分かれてきます。
「手を抜かずに拘りをもって作る」ということは、おそらくどのブランドも変わらないでしょう。
しかし「斜行」に対する考え方は、極力発生しないように「様々な技法を駆使して決して形が崩れないこと」を追求するのか、それとも「ある程度の斜行は許容し、あくまでTシャツ本来の風合いとシンプルさ」を追求するのかで考え方が分かれてくるかと考えています。
Bitter Catsは、後者の考え方です。
従って、Bitter Cats 吊り編みポケットTシャツ(BCTS-S001)は、風合いがより豊かに表れるシンプルな単糸を吊り編み機にかけて編み立てた吊り編み天竺を使っています。
それは、ある程度の「斜行」は味として捉えることで、双糸には出せない単糸ならではの生地表面に現れる風合いを存分に味わっていただきたいと考えているからです。

長い年月を経てもなお淘汰されずに残っている王道の製法に拘ってシンプルに作られたTシャツに醸し出される風合いは、たとえ形が変ったとしても薄れることはないと考えています。
むしろ、その変化を経年変化としてとらえ、味を楽しんでもらいたいと考えています。
ちょうど、革靴やジーンズのように購入時よりも何年も使い古したもののほうが自分の体に馴染み、味が出て愛着が増すのと同じ感覚です。
ぜひ、形が崩れるのを恐れることなく、どんどん着て頂き、自分だけの一着に仕上げていって頂きたいと思います。